「ADHD女子」が考える、ADHDの女性が幸福な恋愛をつかむ方法

心理学 2020/02/28

【Cocology編集部より】
自身もADHDであるというライターの「せの」さん。今回は「ADHD女子がつかむ幸せな恋愛・人生とは?」というテーマで書いていただきました。ADHDの方はもちろん、生きづらさを感じるすべての人に通じる経験談です。

「恋愛、ひとりの人と長続きしないんだよね」。

ADHDを持つ友人が言った。彼女は28年生きていて、1年以上関係が続いたことがないらしい。

「あーそれ、すごい悩んでた、私も!」

と、同じくADHDの私は思わずプロントのテーブルをバンバン叩いて叫びそうになった。「高校時代から付き合って、今日は7年記念日です」なんていうInstagramの投稿がどれほど羨ましかったことか。

「でも、せのは何年も○○くんと続いていて何なら結婚までしたじゃん」

友人がそう口をとがらせる。たしかに私は今結婚している。夫とは付き合った期間を含めるともう6年目だ。ギネス記録を日々更新していることが不思議でならない。

けれど私も友人のように、彼と付き合うまではろくに恋愛関係の続かない女だった。

顔が好みというだけで付き合う。3回デートをして相手が私を好きになったら飽きる。夫と付き合うまではそんなことがいくらでもあった。今思うと恥ずかしすぎて地球の裏側まで穴を掘って埋まりたい。

デートに遅刻、つい相手を傷つけてしまう……ADHD女子の苦手な恋愛という「信頼積み立てゲーム」

「恋愛は、仕事と同じで実は究極の『信頼積み立てゲーム』なのでは……?」

最近、そんなことを思うようになった。短期的な恋であれば勢いでいけるのかもしれないけれど、長期的に相手と関係を築いていく恋愛となると信頼関係の構築がカギになる。マリリン・モンローも「愛とは信頼」と言っていたくらいだから。

でも、ADHDの私たちは計画性のなさからデートに遅刻してしまいがちだし、記念日を忘れてしまう。衝動性でつい相手の傷つく言動をとってしまうこともある。ADHDの特性は、ときに人間関係にヒビを入れかねない。

「そんなことわかってる!」と遅刻しないようにタイマーをセットするといった対策を立てている人はすでにたくさんいることも知っている。その気持ちは痛いほどよくわかる。

私たちはいつも「普通」の人と同じようにいたくて、たくさんの努力をして「普通」の人に追いつこうと必死だ。現に、パートナーの前では「普通」の人として振る舞っている人も多いんじゃないだろうか。私もかつてはそうだった。

ADHD女子の恋愛に必要なのは「普通」になろうとする努力ではなく凸凹を認めてくれるパートナー

ADHDの特性をカバーしようと努力をしている人は心から尊敬する。けれど、努力するあまりにそれが「無理をしている」ことになっていないか心配になる。私も今までそうだったから。

いくら相手との信頼関係を損ねないための努力が大切とはいえ、いつまでも無理をしていては体がもたない。

ADHD女子が幸せな恋愛をするために必要なのは、できること・できないことの凸凹がある点を認めてくれるパートナーの存在だと思う。

容姿が好みだとか趣味が合うだとか、そうした点は好きになるきっかけにはなりえても関係を長続きさせるために重要なものではない。

具体的には、「あなたのできないことに対して否定をしない」「あなたとフラットな関係を築いてくれる」「自分の感情をコントロールできる」人がパートナーに向いているのではないのだろうか。

実際に、私の夫は最初から私のできないことに対してからかうことも否定もしなかった。私のひどい遅刻癖には苦笑いだったが(たぶん何度かはイライラしただろうと思う)、早くから同棲を始めたことで遅刻問題は解消された。

私のできることに目を向けて褒めてくれ、私の意思をいつも尊重してくれる。私に直してほしいことがあっても攻撃的に言うのではなく、ていねいにお願いをしてくれる。

そんな彼を私は尊敬して付き合ううちに不安定な心も落ち着くようになった。一方的に力で支配されたり、相手の感情に振り回されたりしない恋愛はこんなにも健康で心穏やかにいられるのか。

自分も相手の顔色をうかがったり相手に感情的になったりせずに済む。

付き合いはじめた頃の私は感情的だった。「すぐに否定されたと思って落ち込むんだから」と夫によく言われていたくらいだ。そんなときは今起きている状況を紙に書くと冷静になれるよと彼はアドバイスしてくれた。

落ち込むたびに紙に書き、しばらく置いて読み返す。すると、たしかに冷静じゃなかったなと客観的に自分を見ることができた。

夫が今も昔も変わらないのは、私に対する「君もひとりの人間なんだから」との態度だ。ただ優しいだけではなく、必要なときに私に寄り添い、放っておくべきところは放っておく。

私が病気をしても会社を辞めてもあっけらかんとしている。だからこんなにも安心できる。

そんな中で芽生えた「ひとりの人間として尊重されている」実感は、6年目になった今でも私に自信を与えてくれている。

ひとりの人間として尊重されて、幸せになる権利は当然のもの

私たちは人より凸凹だから、生きづらいと感じることがある。「私は何をやってもだめだ」との気持ちが自己肯定感の低さとなり、結果として自分を傷つけてしまうパートナーに対して依存してしまうこともある。

「私はだめだから幸せになる権利がない」

その言葉に私は声を大にして「そんなことはない。あなたには幸せになる権利が絶対にある」と言いたい。実は、私もつい最近までは「自分には幸せになる権利はない」と思っていた。

でも今ははっきりと言える。たとえ凸凹があったとしてもすべての人と同じように幸せになる権利がある、と。

パートナーであっても、自己肯定感を下げてしまう人なら一度付き合い方を考えるきっかけを持ってもいいのかもしれない。どんな人もひとりの人間として尊重されるべき存在なのだから。

最近はSNSやマッチングアプリなど、出会い方に多様性が出てきた。インターネットによって普段の生活圏では出会えない人と出会えるのはラッキーなことだ。

たくさんの人と出会えるということは、それだけ自分を認めてくれる人と出会うチャンスがあるということ。

自分を傷つける人に対して「この人しかいない」と頑なになってしまっているのなら、井の中の蛙の状態になっているのかもしれない。外に出よ、人と会おう。自分を大切にしてくれる人は他にもきっといるはずだから。

相手を尊敬する心は二人の関係のお守り

ADHDの私たちは先ほども言ったように「信頼積み立てゲーム」が苦手なことが多い。けれど、そのことと相手を傷つけても仕方ないと思うことは別。

衝動的に相手に何か言いたくなったら一拍置くなど、ADHD特性によって不要に相手を傷つけないための工夫や、相手のよいところをなるべく見ようとする姿勢を忘れてしまうと大変なことになってしまう。

大切なのは「相手を尊敬する心」なのかな、と思う。

何だか道徳の教科書に出てくることのようで今さら感もあるけれど、恋愛においてもそれ以外においても、人間関係に共通して重要なお守りみたいなものなんだろうな、と二十数年生きてきてようやく実感を持って気づくことができた。

失敗することももちろんある。そのときはきちんと謝って次にどうすれば同じ失敗を繰り返さないかパートナーと一緒に考えている。

変に取り繕ったり、逆ギレしたりは絶対にしない。そうした心がけでどうにかこうにか関係を続けられている。

お互いを尊重する関係を維持できているのもたぶん、双方の心がけがあったからこそ。だから今日も「付き合った日数」のギネス記録を更新できるのだ。

ADHD傾向の人がうまく仕事に取り組むための実践テクニック5選

written by せの

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