心理学に影響を与えた偉大な10の人物のストーリー

psychology 2020/05/17

心理学に興味があったり、心理学について学習したりしたことはありますか?

現在の心理学に大きな影響を与えている偉大な人物が10名ほどいると言われています。心理学を学んだことのある方なら、この10名の人物の名前を一度は聞いたことがあるはず。

新しい証拠が明らかになり、事件や事実の解釈方法が変わるにつれ、これらの人物に関するストーリーは毎年変化し続けています。

今回、心理学に影響を与えた偉大な10の人物の物語について、一人ずつ紹介します。

フィニアス・ゲージ

1848年のある日、バーモント州で、フィニアスゲージは新しい線路の準備のために、爆発物を地面に埋めていた時に、ひどい爆発事故が発生しました。

その爆発はすぐに消えましたが、鉄が彼の顔に突き刺さり、脳を通り、頭の上から突き出ました。

幸いゲージは生き残りましたが、事故後、友人や家族は彼が不注意で攻撃的になり、性格が非常に変わったと感じ、「もはやゲージではなくなった」と言いました。

この話は、人格に影響を与える前頭脳損傷の例として、現在でも多くの大学の心理学の授業で扱われています。

しかし近年、新しい証拠を参照したところ、ゲージのストーリーが大幅に変更されています。彼は損傷後にリハビリを受け、チリで馬車の運転手として働いていたと現在信じられています。

ゲージの負傷をシミュレーションすると、脳の右前頭皮質は負傷しなかった可能性が高いと考えられ、事故後のゲージを示す写真による証拠も見つかっています。

この新しい説明は、心理学の教科書で見つかることは多くありません。最近の分析を見てみると、面白いことが分かることもあるのです。

H.M.

2008年に亡くなったHenry Gustav Molaison(H.M.)は、子供の頃から苦しんでいたてんかんの治療の脳手術を受けた後、27歳で重度の健忘症を発症しました。

当時、医師であったモレゾンはH.Mに、記憶に関連する海馬の大部分を切除する手術を行いました。その手術後、H.Mは長期記憶に新しい情報を保存できなくなってしまいました。

当初、記憶は大脳皮質全体に分布していると信じられていましたが、この件以来、記憶と海馬が関連していると考えられるようになりました。

その後、100人を超える心理学者や神経科学者が、彼のことについて12,000件を超えるジャーナル記事で取り上げました。

現在、H.M.の脳は丁寧に保存され、その後3Dデジタルアトラスに変換されています。H.M.の人生は、スザンヌコーキンという研究者の記述に基づいて長編映画になる予定です。

Victor Leborgne:ニックネーム「タン」

左前頭皮質が言語機能が担っているというのは、今日心理学を学んでいる学生にとって常識でしょう。

しかし、19世紀初頭は、記憶などの言語機能は脳全体に分布しているという考えが優勢でした。

この常識を変えるきっかけとなったのは、唯一発声できる音が「タン」だけだったので、「タン」というニックネームで呼ばれていたビクターレボーニュという人物です。

レボーニュは、有名な神経科医ポール・ブローカの治療を受けていましたが、すぐに亡くなってしまいました。

レボーニュの死後、ブローカが彼の脳を調べたところ、左前頭葉の異変に気づきました。これは現在、ブローカ野として知られている脳部位です。

レボーニュには、発話の障害はありましたが言葉の理解力はあったことから、ブローカは脳の左前頭葉の領域が発話に起因する部分であると結論付けました。

何十年もの間、レボーニュが科学的に重要な貢献をしたことは知られていましたが、レボーニュ自身についてはほとんど知られていませんでした。

2013年に発表された論文では、皮工場(tanneries)がある彼の生まれたモレットで、レボーニュが「Tan」という言葉をつぶやいた可能性を報告しています。

アヴェロンの野生児

医師のジャンマルクイタードによってビクターと名付けられた「アヴェロンの野生児」は、1800年に南西フランスのアヴェロンの森から現れたところを発見されたと考えられています。それは、彼が11歳〜12歳の頃だと推測され、それまで数年間野生で過ごしていたと考えられます。

ビクターは「早い段階で、人間から遠ざかって生活することでどのような影響を受けるのか?」といった、自然と養育の問題に関する自然実験の対象になりました。

ヴィクターは、現代の文明に影響されない「高貴な男の子」として育つことはなく、汚くて乱暴で、立っていたところで排便するようにもなりました。

しかし、パリに移送された後、しばらくしてビクターは、有名人としての地位を得ました。ビクターはいろいろなことを教えられ、彼は服を着たり、公衆トイレの習慣を理解したり、手紙を書いたりできるようになったのです。

自閉症の専門家ウタフリスは、ビクターが自閉症だったため森に捨てられたのではないかと考えていますが、今の所は本当の真実について誰も分かりません。

ビクターの物語は、2004年に小説「ワイルドボーイ」に影響を与え、1970年のフランス映画「ワイルドチャイルド」で映画化されました。

キム・ピーク

2010年に58歳で亡くなったピークは、オスカーを受賞した映画 「Rain Man」の基になった、自閉的なサヴァン症候群を持つ人物として有名です

1988年の映画公開前は、自閉症について聞いたことのある人はほとんどいなかったので、この映画は自閉症の認知度向上に貢献したとされています。

さらに、この映画は、自閉症患者には才能があるというのは誤解だと広めました。実際には、ピーク自身は、奇形の小脳などの脳の異常をもって生まれましたが、自閉症ではないサヴァント症候群でした。

ピークは、暦計算や歴史、文学、クラシック音楽、米国の郵便番号、旅行ルートなど、百科事典にも及ぶほどの大量で正確な知識を持っていました。生涯で12,000冊以上の本を読んだと推定され、全てを完璧に記憶していました。

社交的な性格ではありましたが、協調性に関して問題があり、抽象的で概念的な思考は得意ではなかったようです。

アンナO

「アンナO」という仮名で呼ばれるベルタ・パッペンハイムは、先駆的なドイツのユダヤ人フェミニスト、かつソーシャルワーカーであり、1936年に77歳で亡くなりました。

彼女は、精神分析を受けた最初の患者の1人として知られており、彼女の症例は精神疾患に関するフロイトの考えに大きな影響を与えました。

ウィーンの家のベッドの上で、完全に麻痺した状態で横になっているパッペンハイムのもとを初めて訪れたのが、ジョセフ・ブロイアーという精神分析医です。

当初から、幻覚や人格の変化、とりとめのないスピーチなどの症状がありましたが、身体的な原因は見られませんでした。

その後18か月間、ブロイアーは彼女と共に、父親への悲しみ、考えや感情についてほぼ毎日話し合いました。

一部の人物は、パッペンハイムはてんかんなどの器質的な病気を患っていると主張していますが、いずれにせよ彼女の症状は次第に消えていきました。

1888年以降、彼女は、物語の執筆や演劇、文章の翻訳、ユダヤ人女性連盟を設立などを行い社会的なパイオニアになり、アンナOとして注目されるようになりました。

キティ・ジェノベーゼ

心理学で悲劇的な事件として有名なのは、キティ・ジェノベーゼ事件です。

1964年のニューヨークで、ジェノベーゼは、メイドの仕事を終えて家に帰る途中、ウィンストン・モセリーに殺されました。

この悲劇的な事件が起こった理由として、他の人々が周りにいることで、一人ひとりの責任感が低下するという傍観者現象が挙げられます。

言い伝えによると、38人がジェノヴェーゼの死ぬところを見ていたとされますが、そのうちの1人も彼女を助けはしませんでした。これが、傍観者効果が示す恐ろしい現実です。

最近の調査によると、助けを求めようとしたのは少なくとも2人いたようですが、2回目の攻撃に対しては1人だけだとし、現実はもっと複雑だと言われています。

ある人と被害者が”女性”などの同じ社会的カテゴリーに属している場合などには、援助行動が促進されるという証拠もあると言われています。しかし、どのように傍観者効果が機能するかについては、さらなる研究が必要です。

アルバート坊や

「Little Albert:アルバート坊や」は、行動心理学者のジョン・ワトソンが、11か月の赤ちゃんに付けたニックネームです。ワトソンは、ロザリンド・レイナーと一緒に、条件付けのプロセスを通じて、アルバート坊やに”恐れ”を意図的に植え付けようとしました。

1920年に実施されたこの研究は現在、非倫理的であったとして悪評を買っています。

2011年に、アパラチア大学のホールベック率いるグループは、アルバート坊やは、ワトソンとレイナーが拠点を置くジョンホプキンス大学のウェットナースの息子であるダグラスメリットだと発表し、近年彼への注目が再び集まりました。

ワトソンとレイナーの研究の非倫理的な研究の影響からか、アルバート坊やは神経学的に障害があり、6歳の時に水頭症で亡くなってしまったと信じられていました。

しかし2014年に、MacEwan大学のラッセルパウエルが率いるグループによって、アルバート坊やは、アルバート・バーガーとして記録されていた、別の乳母の息子であるウィリアムAバージャーだとする可能性が出てきたのです。

教科書の著者であるリチャード・グリッグスは、これらの証拠を比較検討し、アルバート坊やはバーガーであるとする主張のほうが信頼できると結論付けました。このことから、アルバート坊やは2007年に、87歳にして亡くなったと考えられています。

クリス・サイズモア

クリスコスナーサイズモアは、解離性同一性障害と診断を受けている、最も有名な患者の1人です。

サイズモアは、過去に母親が重傷を負ったことや、製材所で半分に切断された男性を見たことなど、幼少期に経験したトラウマを強く持ち、それが​​彼女の様々な人格に現れていると考えられます。

近年、サイズモアは、どのようにして彼女の人格が1つに統合されてきたかを説明しました。

1957年に、サイズモアの話は、The three faces of Evenと呼ばれる映画になり、この映画でサイズモアの様々な個性を描写したジョアンウッドワードは、アカデミー主演女優賞を獲得しました。

1977年には、サイズモアはI’m Eveと呼ばれる自身の自伝を出版しました。2009年には、BBCのハードトークインタビューショーにも出演しました。

デビッドレイマー

デビッドレイマーは、生後わずか8か月のときに、手術で失敗し、ペニスを失いました。

その後、両親はレイマーを少女「ブレンダ」として育て、手術とホルモン治療を受けて性転換をした方が良いと、心理学者ジョンマネーからアドバイスを受けました。

マネーは当初、このレイマーの例を、性の自認という生まれつきの要因ではなく、社会という後天的な要因が性別にとって重要だとする考えを支持するものだと考えました。

しかし、性転換について深刻な問題を生んでしまい、レイマーの男性的な部分は徐々に表面化してきてしまいました。

そして14歳の時に、レイマーは自分の過去について真実を知り、性転換のプロセスを戻り、再び男性になろうとしました。

後に、彼は同じように性転換した子供たちに対してキャンペーンを行いました。レイマーの話は、John Colapintoによって、Nature Made Himという本になり、2つのBBC Horizo​​nドキュメンタリーのテーマになりました。

しかしながら、レイマーはその後、2004年にわずか38歳で自殺してしまいました。

 

10名の人物のストーリーは、心理学のいまに大きな影響を与えています。

現在は、上述した見方が優勢ですが、今後も解釈が変わることはあるでしょう。

心理学に興味のある方は、ぜひ最新の研究を取り入れてみてください。

自分に合った心理カウンセラーの見つけ方

references: digest.bps /written by cocology編集部
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