【新説】”メンヘラ”には3タイプいる? 近年増えてきた「完全主義タイプ」とは

心理学 2020/06/13

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ふんふん…♪

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ココりんなに聴いてるの?

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YOASOBIってアーティストの『夜に駆ける』って曲だリン。曲もいいんだけど、歌詞がまた最高なんだリン。

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ほうほう、どんな歌詞?

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男女が心中する歌詞

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はい?

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男女が心中する歌詞

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いや聞こえてるよ! またなんともメンヘラっぽいけど…それ人気あるの?

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最近「地雷女メイク」とか闇のある格好も流行ってるし、メンヘラ文化がきてる感じがするんだリン。この曲なんて週間オリコン1位とったし。

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マジで? 心中の曲が? すごい時代だ…

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でも面白いのが、雨宮処凛とか鬼束ちひろみたいな90年代メンヘラとは毛色が違って、サウンドはあくまで明るいし、地雷女メイクも「量産型」として広く受け入れられている向きもあるんだリン。

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あんた宇宙人なのに雨宮処凛とかよく知ってるな! 90年代の病み女子文化を代表する作家じゃん!…確かに今は、昔と違って病み感を前面に出してない感じがするね。もしかしたら、メンヘラと一口で言うけど、メンヘラにも色々種類があるのかな? 一体何が違うんだろ? というかそもそもメンヘラってなんだ?これはメンタル探偵団としてぜひ詳しく知りたい…

教えて元臨床心理士の春井星乃先生〜〜!!

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はい、元臨床心理士の春井星乃です。

まきしむさん、また面白いテーマを持ってきましたね。たしかに90年代のオーバードーズやリストカットが大きくメディアで取り上げられていた時代とは心のあり方が変わってきていると思います。

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おお、やはり…! ぜひ、詳しくお話を聞かせてください!

そもそもメンヘラってどういう状態なの?

Credit: depositphots

春井:2000年代初頭までは、自分の個性を前面に出して感情表現をすることがカッコいいとされていたのですが、それ以降は、自分の感情は極力抑えて他人の気持ちを考えて行動するのがよいとされ、分かりやすく自分の感情を表現することはカッコ悪いことになったんですよね。

まき:確かに。椎名林檎や鬼束ちひろは個性が強力で、感情を「これでもか」ってくらい表現してましたよね。さらに、彼女たち自身の個性を売りにしていたと思います。今は覆面や顔出ししないアーティストなども増えてきて、アーティスト自身の個性を売り出すのはあまり流行らないですよね。

そもそもメンヘラという言葉は2010年代に2ちゃんねるで流行ったのがきっかけですが、これは精神医学ではどういう症状に当たるんでしょうか?

春井:そうですね。おそらくネットで一般的に言われているイメージは、精神医学の言葉で言うと「境界性人格障害」に近いと思います。

まき:境界性人格障害…メンタルヘルス界隈ではよく聞きますけど、どのような症状なんですか?

春井:うん、境界性人格障害っていうのは、心の病気の一種で「境界例」「ボーダーライン」などとも呼ばれている病気のことです。統合失調症と神経症の境界のような症状を示すので「境界例」と言われているんですね。

境界性人格障害の患者さんは「見捨てられ不安」や空虚感、抑うつ、怒り、孤立無援感、自暴自棄などの感情を持ち、それを緩和させるために周囲の人々の援助、愛情を渇望します。そのため、自殺未遂、リストカットなどを繰り返し、周囲の人たちを振り回してしまうんです。

まき:たしかにネットでよく言われるメンヘラさんはそんな感じですね。「私、あなたがいないと死ぬから!」「着信アリ:100件」みたいなシーンをよく見るような。

春井:そうですね。境界性人格障害やそれに類似する行動をするケースのことをネットでは「メンヘラ」と呼んでいるんだと思います。

でも、これには実は3つのタイプがあるんですよ。

まき:おお…ついにメンヘラタイプに話が切り込んできましたね…!

メンヘラには3つのタイプがある

Credit: depositphotos

まき:それって、境界性人格障害の中でもタイプが分かれるってことですよね?

春井:うん。これは、精神医学の教科書的な本に載っていることではなくて、あくまで私が患者さんと関わる中で気づいたことなんだけど。

いま、日本の精神科医療では、DSM-Ⅴっていう診断基準に基づいて診断しているお医者さんが多いと思うんだけど、それって「以下の項目のうち、〜個が当てはまったらこの病気」というやり方なので、表面的な言動しか診ないのね。そうすると、その行動の動機が違っていたとしても、行動が同じなら同じ病気だとされてしまうんです。

まき:まあ確かに、表面的には同じリストカットでも、その動機は人それぞれですもんね。春井さんは、その色々な動機の中でも3種類に分けられると考えてるってことですか?

春井:そうなんです。1つは、境界性人格障害の王道というか、本来の意味のタイプ。これは、血を見ること、痛みを感じることで「生きている」という実感を感じたいタイプです。他人から受け入れられ愛され認められていないと、自分がこの現実から「消えてしまう」という不安が襲ってくるんですね。

まき:うーむ、壮絶…。でも、これは時々耳にする話ですね。自分が生きている実感が欲しいというのは。

春井:そうですね。2つ目は、完全主義で善悪の概念や自分のルールを重視するタイプです。この場合、リストカットは罪悪感や自分が自分の思う完全とは程遠いという絶望、孤独感などが動機になっています。

まき:罪悪感で自傷行為…? これはちょっとイメージつかないですね。後ほど詳しく聞かせてください! では、3つ目は?

春井3つ目はそのどちらにも当てはまらない、ただ「死にたい」と思う人やリストカットという行為自体に憧れを持っていて、そういう自分を無意識的に、もしくは意識的に演出しているケースです。なにか辛いことがあることは間違いないのですが、上記の2つのタイプはどうにもならない切りたい衝動を持つのに対して、3つ目のタイプは特に切りたい衝動が強いわけではなく、「リストカットをする自分」であることで辛さを軽減しようとします。

まき:なるほど、境界性人格障害・メンヘラにそんな3つのタイプがあったとは。ちょっと色々質問があるので、順を追って聞かせてください。

特に2つ目の完全主義のタイプって、メンヘラ的な「あなたがいないと死ぬ」みたいな感じが見受けられないような気がしますが、どういうことなんですかね?

春井:根本的な動機は違うんですが、完全主義タイプも自分の気持ちを他人に理解して欲しい、自分のことを想ってほしい、嫌われたくないという気持ちは非常に強いんです。じゃあ、それを説明するためにまず最初の主な2つのタイプについて、詳しく説明してみますね。

まき:最初の2つがメインなんですね!はい、お願いします。

王道タイプのスイッチは「消えてしまう不安」

春井1つ目の王道タイプは、自分の存在が「消えてしまう不安」がまず根本にあるんです。この不安を消すために、他人に受け入れられ愛されることで現実につなぎとめてもらいたいと思います。自分が存在していいと確信するために他人との深い絆を求めるんです。

また、自分が周りとは違う個性的な人間であれば「消えない」と感じるため、たとえば「リストカットをしている自分」というイメージをアイデンティティにしてしまうとなかなか治りにくくなるという傾向もありますね。そして、このタイプは感情や衝動を感じることで「自分が存在している」と確認している部分がありますので、感情や衝動を理性や思考で抑圧することを非常に嫌います。ですから、社会的常識や規律、ルールなどに価値を置かず、逆にそれを破っていくことに快感を覚えたりします。

まき:たしかに「メンヘラ」と聞いて一番に思い浮かぶのはそういうイメージですね。芸術センスがあって創作活動されてる方も多いので、常識にとらわれないっていうのも納得です。

春井:そうですね。それから王道タイプは、常に相手と自分の間に「本当の絆」があるかを見ているので、相手の心を敏感に感じます。相手が少しでも社会的価値観や世間体で話したりすると、「この人は本当には私のことを大切に思っていない」「偽善者だ」と見限ってしまうところがあります。共感能力は非常に高いですね。相手が少しでも世間体や常識などから建前を言ったりすると即座に見抜くんです。そして、状態が悪くなっていくと、愛情を確かめるために言葉巧みに周囲を操作し、少しでも絆がないと感じると暴れたり、自傷行為をしたりするようになっていきます。

まき:え、この偽物の絆があふれる時代に…? 私だって本物の絆を感じることなんて滅多にないですよ。いやこれは私がコミュ障だからか。

…とにかくこれは想像しかできませんが、めちゃくちゃ生きづらいですね…。

春井:そうですね。でも、家族や恋人、周囲の人は、そこまで共感能力が高くない場合が多く、本人の感じ方考え方が分からずおどおどするばかりで、余計に王道タイプの感情を逆なでしていくんです。本人は愛情や絆を確かめたいだけなんですけど。

それゆえに王道タイプは「自分はおかしいのではないか」と周囲からの疎外感を感じる場合があって、たとえば私の担当していた患者さんは、自分が家族から怪物と思われていると言っていたこともあります。

まき:怪物かー……同じ人間ですらないと。それは辛い状況ですね……。90年代に注目されていたのはこの王道タイプですかね?

春井:そうですね。浜崎あゆみとか椎名林檎、鬼束ちひろなどは、おそらくこのタイプを表現していると思います。「居場所がない」って歌詞が出てくること結構ありますよね。

まき:たしかに!鬼束ちひろの『月光』に出てくる「どこにも居場所なんてない」とか、浜崎あゆみの『A Song for xx』にある「居場所がなかった」とか。それって春井さんの説でいくと、誰とも絆がなくて「消えてしまう」ってことになるのかな。

※埋め込み動画が見れない方はYoutubeから直接お聴きください。

春井:そうですね。私はそう思ってます。そして、王道タイプは血とか眼、死体などグロくて刺激が強いものを見て生きている実感を得たいという傾向もあるので、90年代のリストカットや死体写真とかの流行は、この王道タイプの特徴がストレートに表現されているように思いますね。

まき:ああ、懐かしいですね。90年代はヴィジュアル系も結構流行ってて、彼らも結構血とか際どい表現が多かった気がします。女性歌手だけじゃなく、そういうところにも時代性が表れていたのかな。

春井:そうかもしれないですね。

完全主義タイプのスイッチは「完全性」と「孤独感」

まき:では、2つ目の完全主義タイプはどうでしょうか? 私からすると、このタイプはちょっと聞き慣れないので興味津々なのですが…。

春井:はい。王道タイプは「消えてしまう不安」からほとんどの行動が派生してくると考えられるんですが、完全主義タイプは「自分が正しく完全でありたいという欲求」ともうひとつ、「孤独感」という要素がその根本にあります。

まき:完全主義タイプとメンヘラって、一見つながらないように見えますよね。最初のほうの質問に戻るんですが、罪悪感で自傷行為に走るってどういうことなんでしょうか? 王道タイプと比べてすごい分かりづらいですよね。

春井:うん、まず、先程もお話しましたが、完全主義タイプは「完全性」「正しさ」「自分ルールを守る」ことを最も重要視します。状態が安定している時は、自己や他者、周囲の環境を自分の「こうあるべき」という状態にしようと努力するんです。でも、自分の思うとおりに物事が動かないとイライラしてしまいます。

そして、なんでも完全を望むので他人に任せることができず、失敗すると自分も他人も感情的に責めてしまうんです。そういう感じなので人間関係もうまく行かなくなってきて、さらに孤独を感じていきます。

まき:なるほど、すぐ不機嫌になって感情的に他人を責めるところはイメージ通りのメンヘラさんっぽいですね。そうすると、本人にとって完璧である状態や自分のルールから外れることが、私達には想像できないくらい怖いことなんでしょうか?

春井:そうですね、怖いし、他人や社会が「こうあるべき」状態からズレていると思うと強い怒りが出てしまいます。それが悪化していくと、思考が得意だった完全主義タイプが客観性を失っていき、非常に思い込みが強くなって、さらに周囲から孤立していくんですね。いろんなことを先読みして考えすぎるのに客観性にも欠けるので、どんどん自分のルールとか「こうあるべき」に縛られて身動きが取れなくなっていきます。

その思考の結果、抱えきれないほどのネガティブな感情を溜め込んでしまいます。そして、現実は思い通りに行かず、孤独や罪悪感を感じ、理想とかけ離れている自分に絶望してしまうんです。その孤独感や罪悪感、絶望を払拭したい、そこから逃げたいという衝動から、リストカットをするんですよね。

まき:そっか、じゃあ完全主義タイプも結局最終的には感情的になるし、衝動性もあるんだ。なるほど、それは見た目では分かりにくいわ。

春井:そうなんですよね。王道タイプも完全主義タイプも、見た目は表情があまりなく拒絶感があって、強気そうな雰囲気をもつケースが多いので、なかなか見た目では分かりにくい部分があります。見た目の話はまたあとで詳しくお話しますね。

まき:はい、お願いします! じゃあ、他にも王道タイプとの内面的な違いってありますか?

春井:はい、たとえば王道タイプは、自分を受け入れて欲しい、愛して欲しいという気持ちをストレートにぶつけ、はちゃめちゃな行動をしても相手がそういう自分を受け入れてくれるという状況を望みます。常識なんて眼中にないからですね。

でも、完全主義タイプは王道タイプと同じくらい愛情を欲しているにも関わらず、自分の気持ちを素直に言いたがりません。なにかして欲しいことがあったとしても、自分から頼むということにも抵抗があるし、自分が言うことで責任も生じるし嫌われたくないと感じるので、周囲が察してくれるのを望むんです。

でも、周囲は分かるはずもなく、徐々に追い込まれて爆発するということを繰り返すようになるんです。リストカットなどの自傷行為は、孤独や罪悪感、絶望感の払拭であると同時に、口で言えない自分の気持ちを伝える手段でもありますね。それで、結局王道タイプと同じように、周囲を振り回すことになります。

まき:すごい…中で起こっていることが想像以上に複雑だった…。…あれ、それってもしかしていわゆる「察してちゃん」と似ていますよね?

春井:ネットではそう言われているの?

まき:そうですね。「察してちゃん」というのは、「他人は自分が自分の気持ちを言わなくても察してくれるもの」と思っている人のことです。で、察してくれないと不機嫌になったりするんですよ。思い込みが激しいとか、理想を押し付ける、責任転嫁するとかも言われていて、春井さんのいう完全主義タイプにそっくりかと。

春井:へー、ネットでも同じようなことが言われているんですね。私は、王道タイプも完全主義タイプも、症状が改善していけば個人の性格レベルのものになると考えているので、「察してちゃん」というのは完全主義タイプが病気のレベルではなくて、性格傾向として表れたときの状態を指すのかもしれません。でも、ネットスラングになるくらいだから、そういう人も結構多いのかもしれないですね。

実は完全主義タイプが大きな影響を与えている現在の若者文化

春井:そういえば、最近若者の間で流行っている曲には、完全主義タイプを表現している歌詞が多く見られるんですよ。

まき:ほうほう、どんな曲ですか?

春井:すごく分かりやすくそのまま歌詞になってると私が思ったのは、「ずっと真夜中でいいのに。」というユニットの『お勉強しといてよ』という曲です。

まき:あー、知ってます! それもココりんが聞いてました(笑)。YOASOBI好きはこのアーティストもハマる人が多いみたいですね。『お勉強しといてよ』が完全主義タイプとはどういうことでしょうか?

※埋め込み動画が見れない方はYoutubeから直接お聴きください。

春井:うん。まず「ただ泣きたくて 謀っといて 集めちゃった感情参考書です お勉強しといてよ 解いといてよ」っていう歌詞がありますよね。罪悪感や完全ではない自分に泣きたいけど、いつもぐるぐる思考を巡らせて「〜になったらこうしよう」「〜したら、こうなるかな」など考えて「謀ってる」んですね。

そうやって思考を巡らせることで生じてきた複雑な「集めちゃった感情」たちのことを「感情参考書」と言っているんじゃないでしょうか。参考書っていうのは、読者が自分の能力を上げるために自発的に読むものですが、完全主義タイプは自分の感情は相手が「勉強すべき」ものだと思いたいんですね。そして、相手が自発的に自分の感情や思考回路を考えて理解してほしい……ということを表現しているように思います。

まき:なるほど。確かにそうとも読めますね。

春井:「結局ここまで気持ち 育てられてしまったことが全て 謙遜してるけど 病みたくないから ここでいって」も、思考を巡らせて溜めすぎてしまった感情を「病みたくない」から相手に「言おうかな」ということなのではないでしょうか。

「私を少しでも想う弱さが 君を苦しめていますように」も、完全主義タイプがよく感じる感覚で、自分が苦しんでいるくらいに相手にもいろいろと考えて苦しんでほしいと思うみたいなんですね。

まき:おお…完全主義タイプまんまじゃないですか。今思うとこの曲が人気になるってスゴイことなのでは…。

春井:うん、さっきココりんちゃんが聴いてたYOASOBIの『夜に駆ける』の原作小説『タナトスの誘惑』の彼女も、本当は彼氏に一緒に死んでほしいと思っているのに自分からは言わず、彼が「僕も死にたいよ」と言ってはじめて笑顔になって「やっと気づいてくれたのね」と言うんですよね。

まき:ふむふむ、ということは「夜に駆ける」の彼女も完全主義タイプだったんですかね?

春井:そう言えるかもしれないですよね。それに対して、最近の王道タイプの曲をあげて比較してみるととても分かりやすくなります。2015年にリリースされた「ミオヤマザキ」というバンドの「メンヘラ」という曲は知ってる?

まきめちゃくちゃ直球なタイトルじゃないですか! 初めて聞きました。ふむふむ(…視聴中)ちょ、「ねえ逃げないでよ」とか…なんて物騒な曲なんだ(笑)。『お勉強しといてよ』『夜に駆ける』と比べるとあんまりメジャーではなさそうですが。

春井:この曲は、かなり王道タイプの境界性人格障害の特徴を表現していますよね。まず、最初から携帯の留守電メッセージの「ただいま電話にでることができません」という音声が流れて、王道タイプの「見捨てられ不安」を喚起するんです。歌は「私ね、普通じゃないんだ」ではじまり、これも王道タイプの疎外感を表現しています。

まき:なるほど。そのあとも「ねえ、分かって 分かって」「行くなって言ってよ 止めてほしいの」とか、完全主義タイプと比べるとかなりストレートに感情を出していますよね。この感情ストレートな感じ、なんだか懐かしくなりました(笑)。

春井:そうなんです。そして、「帰る場所ももうない」「行く宛ももうない」と90年代のアーティストの「居場所がない」と同じ意味の言葉が出てきます。つまり、誰とも本当の絆が持てなくて「消えてしまう」ということを言っているわけです。

まき:なるほど、分かりやすいです。「ねえ、ずっとずっとずっとずっと側で」とかも、目に見える絆が最優先ということですもんね。「お勉強しといてよ」は、相手が離れてても自分のことを自発的に想って苦しんでくれればいいと言ってるので、かなり違いますよね。

「お勉強しといてよ」や「夜に駆ける」のヒットを見ると、やっぱり最近のメンヘラの流行は完全主義タイプなんですかね?

春井:そうですね。そんな気がします。感情的でストレートな表現をする王道タイプは、最近の「感情表現がカッコ悪い」とされる風潮では受け入れられにくいんじゃないかな。

まき:たしかに。そういえばまたマイナーな話で申し訳ないんですが、地下アイドルには「ぜんぶ君のせいだ。」っていう病みかわいい系のアイドルユニットがいまして。これが数年前からそこそこ人気があるらしいんですよ。「君のせい」ってワードはヨルシカというアーティストの『だから僕は音楽を辞めた』など、若い女性に人気の曲の歌詞でもわりと見かけるんですが、これって、もしかして完全主義タイプを表しているんですかね?

春井:へー、そういうのが流行ってるんですね。他人のせいにしがちな傾向っていうのは完全主義タイプの特徴でもありますので、そうかもしれませんね。

私の働いていたクリニックの精神科医の先生が「最近は境界性人格障害はかなり減っている」と言ってましたが、やはり感情表現を嫌う時代の影響があるのではないかと思います。なので、感情表現がストレートな王道タイプは表に出にくくなるし、それを真似ようとする3つ目の演出タイプは減りますよね。それで、結局メンヘラ=完全主義、察してタイプという傾向が生まれたのかもしれません。

まき:なるほどねー。今は完全主義タイプのメンヘラの時代なのか。でもメンヘラが完全主義とかって話はあまり聞いたことないんですが、完全主義タイプの人自身は、自分で自覚しているんでしょうか?

春井:自覚している人もいるし、してない人もいます。でも、あくまで「自分は普通」と思っているケースが多いと思います。完全主義タイプは特に、自分の「完全主義」を自覚したくない方が多いんですよね。

見た目からメンヘラのタイプを見分けることは可能なの?

まき:じゃあ、この3つのタイプのメンヘラって、見た目にもなにか特徴があるんですかね。いま、地雷系とか量産型とかオタク女子、サブカル女子などいろいろとありますが。

春井:そうですね。「王道タイプは地雷系」とか「完全主義タイプは量産型」とかは言えなくて、どのタイプにもいろんな系統が含まれていると思うんです。ただ、傾向はあって、たとえば王道タイプは基本的には個性を重要視するので、みんなと同じファッションやメイクをするのは好きではありません。そして、一部に女性性をストレートに出すことに抵抗があるケースもあって、ボーイッシュもしくは中性的なファッションを好む場合があります。

まき:ボーイッシュかあ。そういえばビレバン(雑貨屋「ヴィレッジヴァンガード」)とかが好きそうなサブカル女子はわりとボーイッシュかもしれませんね。あれは王道タイプの人も多いのかな。

春井:サブカル女子というと、メンヘラというより性格レベルの話になりますけど、完全主義タイプもいるとは思いますが、王道タイプが多いのかもしれないですね。それに対して、完全主義タイプは女性性を出すことに抵抗がある人は少なく、ほとんどは一般的に社会で「きれい」「かわいい」「きちんとしている」と思われるイメージを追求するケースが多いです。もちろん、自分の複雑な心の闇を表現するために、地雷メイクや闇っぽいゴスロリファッションを好む場合も結構ありますが、それでも、女性っぽさが失われることはほとんどなく、そのときの社会状況で周囲の人が見て「かわいい」「きれい」と思える範囲であることが多いです。

まき:王道タイプは周囲と違う個性的なファッションを好む人やボーイッシュな感じの人が多く、完全主義タイプは社会的基準でよいとされるファッションを選ぶ傾向があるってことですね。ということは、いわゆる「量産型地雷」には王道タイプは少ないんですか…?

春井:いないとは言えないと思うけど、少ないかもしれませんね。つまり、王道タイプは、社会的基準を重要視せずにその枠を超えることを好み、完全主義タイプは社会的基準で「よい」「正しい」とされるものを好むということになってくると思います。そして、3つ目の演出タイプは単純に社会的な流行を追うことが多いと思います。そのとき、周囲で受け入れられ好まれるものを取り入れます。これは量産型に近いと言えるのかもしれませんね。

まき:なるほど。いまはファッションのお話でしたが、なにか全体的な雰囲気で違いはあるんでしょうか。

春井:そうですね、さっきもお話したように、私の担当した境界性人格障害の王道タイプと完全主義タイプの方には、まず第一印象は表情が乏しく拒絶感があって、強気そうな雰囲気を持つ方が多いです。一部に、非常に華やかで派手な雰囲気をお持ちの方もいますが、大人しくて弱々しくて優しい雰囲気の方はほとんどお会いしたことがありません。

まき:なんと…。大人しくて弱々しくて優しいメンヘラ、というか境界性人格障害の方はいないんですか…?

春井:そうですね、おそらくいたとしても少ないし、その多くは演出タイプなのではないかと思います。そして、王道タイプと完全主義タイプはともに頭の回転が早く、話が上手な方が多いんですよね。

まき:ぱっと見は似てる場合が多いんですね。

春井:そうなんです。だから、この2つのタイプは見分けが付きづらく、同じ境界性人格障害と診断されがちなんですよね。ですから、きちんと話さないとなかなか分かりません。でも、よくよく見ると、王道タイプは型破りな雰囲気、完全主義タイプは型にはまった雰囲気という違いはあります。

まき:なるほどねー。じゃあ、この2つを見た目で区別するには、ファッション・メイクや全体的な雰囲気が型破りかどうかなんですね。

春井:そうですね。大まかにいうとそうなりますね。

まき:日常でメンヘラのタイプ分けをする技術が役立つかはアレですが、心を病むことはある程度は誰だってあるわけですよね。現状病んでない人は、そういう時に「どういう仕組みで病むのか」が参考になるし、症状がある人は自分への理解につながるわけじゃないですか。とくに「メンヘラ」という言葉はネットで独り歩きしちゃってる向きもあるし、今回できちんと心の闇を分析できたことは、とても有益なことだなと思いました。

春井:そうですね。心の病気にはいろいろな種類があって、今回の境界性人格障害だけではないので、これがみんなに当てはまるわけではないんです。でも、周囲の友人や恋人、家族に似たようなタイプの方がいる場合は参考になりますね。

まき:たしかに。

春井:そして、今回の話でもうひとつ言えることは、境界性人格障害でも他の病気でも、特に心の病気がなくても、私達は普段、自分の表面的な言動しか見ないことが多いと思いますが、本当はその奥に深い動機があるということです。

それを意識しているかしていないかで、これからの人生を良い方向に持っていくことができるかどうかが大分変わってくると思いますよ。

まき:本当ですね。ご自身の体験も踏まえた貴重なお話、すごく面白かったです!またメンタル分析したくなったら教えてください…!

ココりん:ナゾが解けたリン。

まき:あれ、お前いたのか。

「変わり者」ってわけじゃない。人格障害の原因と治療法

written by Cocology編集部

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